「ハムレット」は1989年の3月〜9月にナショナル・シアターで行われた公演です。ダニエル主演の「ハムレット」は来日上演の予定で、チケットも販売されていました。

ところがこの舞台、初日早々劇評家から酷評され、ダニエルは精神的にかなり参ったようです。好意的な評価もあったものの全般的には辛口ということで、ダニエルは一層深くハムレットの役柄に入っていきました。

途中「マイ・レフト・フット」のキャンペーンなどでロンドンの舞台を離れる期間もありました。しかし、半年間にわたる長い上演期間で、また、1日に2度上演される日もあり、役になりきるダニエルにとっては相当ハードだったようです。

演技に関して安易なアプローチや妥協のないダニエル。ハムレットの世界にのめり込んでいく状況は皆さんも想像できると思います。楽屋に父親のセシル・デイ・ルイスの引き伸ばした写真を貼り、自分自身を追い詰めていくような形になったようです。

舞台で自分の頭を壁に打ちつけ、これには観客が恐怖を感じるほどでした。共演者も心配しましたが事態は好転せず、あと数日で千秋楽という日、突然ダニエルは演技を止め、舞台のそでにうずくまり、さめざめと泣いたそうです。そして、「ハムレット」を降板しました。

舞台でダニエルは、父親セシル・デイ=ルイスの幽霊を見たのだ等々…色々な言われ方をされたようです。

ダニエルのノイローゼが掲示板で話題になったとき、miuさんが、以下のような内容を教えてくれました。ダニエルに何が起きたのか・・少しでも参考になればと思います。
miuさん、ありがとうございました。





「ハムレット」で倒れたその後の話…
FLIX1990年エルカン・アラン記者のインタビューから抜粋(提供:miuさん)
1990年のFLIX誌にエルカン・アラン記者がダニエル自身にインタビューし、それを構成したものがものが載っており、それによると、昨年、神経衰弱で彼は倒れて以来真剣に引退を考えており、今のところ映画、舞台どちらも出演計画はなし。


彼は詩人の父親の死後そのショックがもとで精神病院に入院する等、もともと繊細なところがあったのだが、昨年の神経衰弱のきっかけは、ナショナル・シアターで「ハムレット」の舞台に立ったこと。

ハムレット役を引き受けた時点では、どういうわけか彼はこのシェークスピア劇のストーリーを考慮しなかったのだが、けいこが進むにつれて、ダニエルは父と息子の確執という劇のテーマを自分の父と自分の関係に重ねてとらえるようになったのだ。これが高じてついには母親から父の写真を借りて楽屋に張り付けるに至る。

そして「マイ・レフト・フット」でクリスティー・ブラウンの分身と化したように、この時もハムレットその人になりかわった。

当然彼にとってハムレットの父の亡霊はダニエルの父のそれである。その結果、彼はある晩とうとう上演のさなかに自らが作り出した状況に耐え切れなくなり、舞台のまん中から逃げ出してしまったのだ。

当時「マイ・レフト・フット」、「エバー・スマイル・ニュージャージー」、「ハムレット」と全く休暇がなく、彼の家族はハードスケジュールが原因だといっていたようですが、ダニエル自身はハムレットでの経験が直接の理由としている。

その後6ヶ月の間、ロンドン西部のハマースミスの小さな家で一人療養し(恋人とは最近別れたそうだ)姉のすすめで砂糖、コーヒー、お茶、肉類、アルコールを断ち、毎日ジョギングやサイクリング、サッカーを楽しんでいたという。


「とにかく今の時点では、自分が製作のクリエイテイブな部分に関与できないような大作には出たくないと思っているんだ」

「出演の依頼は山のように来るけど、そのどれにも心が動かない」と彼は語る。多分ほんとうにやりたい役を待っているんだと思う。「マイ・レフト・フット」の脚本が来る前もこんな感じだったから・・・