『父の祈りを』…『マイ・レフト・フット』の主演・監督コンビが再びオスカーに挑戦する
1994年FLIX 画像&記事:山川 美千枝(提供:まきさん)







ダニエル・デイ=ルイス

NYでの合同インタビューの部屋に、ダニエル・デイ=ルイスは、黒のTシャツ、黒のレザー・ジャケット、黒のジーンズ、黒のブーツという、黒ずくめの服装で、にこやかに入ってきた。淡いグリーンの目がすがすがしい。

『父の祈りを』では、一段と痩せ細り、頬もこけていたが、この日の彼は、相変わらずスリムな体形とはいえ、頬のくぼみはすっかり消えている(後でわかったことだが、『父の祈りを』の役作りにあたっては、14キロ※も減量したらしい)。

神経質で内向的、気難しいという評判を打ち消すかのように、快活にしゃべり始めた。

「『マイ・レフト・フット』の後、ジム・シェリダンとは、いいプロジェクトがあれば、ぜひ、またいっしょに仕事をしようと言い合っていた。たまたま、彼の家に遊びに言ったら、ジェリー・コンロンについての話を聞かされた。

無実の罪で15年間も服役したと聞いただけで、もっと詳しく知りたいような、知りたくないような複雑な気持ちだったが、ジムが話し終わる頃には、ジェリーの体験が頭から離れなくなってしまっていた。

お互い気心が知れあっているので、ジムとは仕事がしやすい。彼が何を言いたいのか、表情を見ただけで理解できる。
それに、ジムは肝心なのは映画の基本的な骨組みという考え方の持ち主で、俳優に脚本どおりの台詞を強要しない。

重要な共通点は、ふたりとも、知的な分析や説明をまったく信用せず、直感を大事にしていること」


テリー・ジョージ(脚本家・プロデューサー)の証言によると、3ヶ月の撮影のあいだ、デイ=ルイスは、オフ・キャメラでも北アイルランドのアクセントでしゃべっていたそうだ。
また、父親役を演じたピート・ポスルスウェイトは、「ダニエルは、撮影中、私のことをジュゼッペ(父親)として扱った」と語る。

ふたりとも、デイ=ルイスについて、「驚くべきというか、恐ろしいほどの強い意志と自律心の持ち主」と口を揃える。
だが、デイ=ルイス自身は、そういったエピソードを話したがらない。慎重にことばを選びながら、次のように語る。

「アクセントは、ベルファストで暮らして研究した。『それらしく聞こえる』というのでは不十分で、完全に自然に聞こえるレベルまで達しないと満足できない。


ぼくの役作りは、他人には、たいへんな苦痛を伴うアプローチだとみえるようだが、自分とはまったく異なる人格を発見したいという強い欲求に基づいているだけ。
倒錯しているかのように聞こえるかもしれないが、そのために要する苦労や、演技かかわるすべてのプロセスが、形容しがたい快感をもたらしてくれる」

役作りについても質問になると、説明が嫌いな彼は、途端に口が重くなった。

だから、撮影が終わった後には、ひどく空虚な心境に陥るという。
「撮影はいつか終わってしまうと初めからわかっているのにね。精神が不安定だと解釈されるかもしれないが、毎回訪れるサイクルで、なんとか乗り切っていくしかない。他の人間ならホッとする時期に不安になるというだけ」


ところで、冤罪を晴らすのがメイン・プロットの『父の祈りを』は、一方では、精神的に断絶を感じていた父親の愛情と尊さを、たとえ遅すぎたにせよ、息子が理解するようになるという物語でもある。

高名な詩人を父親に持つデイ=ルイスも、激しい反抗期を送っていた15歳の時に、父親を亡くしている。
そして、92年の「ニューヨーカー」のインタビューの中で、「父親の冷たい手を握った時に、自分がいかに父の愛に無関心だったかを悟った」と語っている。

映画に描かれた父子関係と、彼自身の父親との関係の類似性について尋ねると、意味深長な微笑を浮かべながら、やんわり否定した。

「そういう比較も可能かもしれないが、撮影中はまったく意識しなかった。この映画の場合に限らず、演じている役と自分自身は常に切り離しているから」


役を選択するにあたっての基準についても、明言を避ける。

「特にない。強いていえば、脚本がすぐれていること。でも、いくらいい脚本でも、演じたいという気にならない時だってある。

すべて、その時の直感まかせ。だから、この役のオファーが違う時に来ていたら、断っていた可能性だってありえた」


愛想よくふるまってはいるが、完璧主義者で自意識が強いこの映画スターは、スクリーンでは、役になりきった力強い演技を見せてくれるのに、伝え聞くように、自身について語ることが苦痛でたまらないようだった。

考えようによっては、実生活で自分自身を表現するのが苦手だからこそ、強い人間を演じている時のほうがずっと気が楽なのかもしれない。


それならば、こういったインタヴューの場でも、「演技」という仮面を被ればよさそうなものだが、そうはいかないらしい。

しかし、そういった器用さを持ち合わせていないことが、役作りにおける並々ならぬ努力につながり、最終的に、希有な説得力のある演技として実を結ぶのかもしれない。


ジム・シェリダン

「ぼくは、映画を単なる視覚メディアとはみなしていない。映画は、感情に訴えるメディアだ。そして、真に感情を伴うストーリーは、普通、目に見えない
映画作りで困難なことは、観客をどうやって感情の旅に導くかということ」

自分の映画哲学についてこう定義するジム・シェリダンは、きわめて文学的資質の高い監督である。『父の祈りを』のメガホンを取った動機について、次のように語る。

「『マイ・レフト・フット』では、いい母親像を作ったから、今度はいい父親、すなわち、一見弱々しいが、内面的な強さを持った父親が出る映画を作りたいと思っていた。なにしろ、いい父親というのは、アイルランド文学においてさえ、ひとりも登場しないから」

そして、この映画で描いた父と息子の関係は、実在のジェリー・コンロンとその父親の関係というよりも、もっと普遍的な父子関係だと説明する。
したがって、映画の基本的なストーリーは、ベルファスト生まれのジェリー・コンロンの回想録 " Proved Innocent " に基づいてはいるが、ドラマ性を出すために、かなり脚色したという。

「ぼくの考えでは、すべての政治は家庭において、家族関係において始まる。
普通、父親が体制であり、子供がその体制に反発、衝突が起きる。映画を政治ドラマと父子関係という二重構造にしたのは自然の成り行き」

この映画は、権力を濫用するイギリス政府に対しても、暴力による戦いを実行しているIRA(アイルランド共和国軍)に対しても、批判的であるが、製作中に、なんらかの干渉や圧力を受けたかという質問には首を振る。

「驚くべきことにまったくなかった」(しかし、2月中旬現在、ロンドンでは、「父親と息子は監獄の同じ部屋には入れられていなかった」など、映画は事実を歪曲しているという非難が起きている)。


私生活でも親しいダニエル・デイ=ルイスについては、「ものすごい集中力の持ち主で、非常に頭が良い。まっすぐな性格」とコメントし、「あまりにもまっすぐすぎて、ぼくらが困る時もあるけどね」とつけ加える。

たとえば、納得のいかないシーンになると、デイ=ルイスは、「どうしてこうなるのかわからない。このシーンには真実が見つけられない。どうやって演じればいいの?」と食い下がるとのこと。
したがって、アドリブもいれつつ、どんどん脚本は書きなおされていくことになる。
そして、「ただし、アドリブが可能なのは、飛び抜けて優秀な俳優に限られる。ジャズのアドリブと同じで、下手なプレイヤーのアドリブは観客には耐えがたいものだから」と締めくくった。


※ この記事では14kg減量となってますが、映画を見ると、そこまでは減らさなかったのでは?皆さんはどう思われますか?…Kyoko