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服装だっていつもとは全然違うし、映画用の装備もある。さらにダニエルを教えるんだ。いつも通りのトレーニングを続けることで頑張ろうと思ったよ。ランニングやバーベル上げ、射撃訓練、その他様々なスポーツをすることで平衡感覚や集中力、そして精神力を鍛えてきたからね。
18世紀の格好で森の中を動き回るのは以外に大変さ。持ち物といえば、トウモロコシの粒とわずかな干し肉を入れた袋、それに毛布だけだ。現代人の我々じゃすぐに降参だよ。コーヒー、甘い物、それに暖房つきの部屋や電気毛布に囲まれた生活に慣れきってるからね。ダニエルとは一対一で行動する予定だった。教える立場の僕としては、息切れせずについて行きたいと思っていたよ。
朝、コーチと一緒に運動しているダニエルを見て、余計にそう思った。ダニエルはもの凄く真剣にトレーニングをする。身長約185cmの敏捷そうな引き締まった身体に加えて、恐ろしいほど情熱的なランナーなんだ。平均して日に14〜24kmは走っていた。そして、ランニングに対するのと全く同じ真剣さで「森の人間」になる訓練に臨んだわけだ。
その当時僕が走るのは平均して約6.4km。ダニエルは、ど派手な色のタイツにシャツという格好で走るんだが、彼の型通りのランニングにまともについて行ってたら、とっくの昔に死んでたよ。もっと速く、もっと遠くへと、随分せきたてられた。銃の扱い方を教えるのが僕の仕事だったが、それもすぐに難易度の高い段階へと進んだ。
今も当時もこの思いは変わらない。つまり、彼の情熱を10とすれば、自分はその半分の5位だったのさ。しかも当時のダニエルは独身だったからね、その気になれば一日中トレーニングできたのさ。
ジムで過ごすのは約2時間。ダニエルはコーチと、僕は僕で自分のメニューをこなしたが、不思議なことに、あの贅沢な造りのスパで彼に気付く人間はいなかった。誰一人として話しかけたり、指さしたり、囁きあったりしなかった。それぞれにオートバイクや重量挙げ、あるいはTVを見ながらマットの上を歩いたり走ったりしていたんだ。ダニエルもひたすらバーベル上げや反復跳びを続け、コーチはじっとモニターを見つめていた。俳優とコーチの一対一でやっていたよ。
ダニエルのトレーニングで驚かされたことが幾つかある。昼食の時、彼が嘆いていたよ。身体作りのために増やしている一日3.000kcal(*後注)もの食事がすごく苦痛だったんだ。ぼくは14歳からトレーニングをしているが、マッチョな体型の為じゃない。仕事に耐える身体が必要だからさ。筋肉も体重も自然に増えた。でも、ダニエルのトレーニングは全然違うんだ。元来ダニエルは痩せ型なんだが、トレーニングじゃ決して30ポンド(約13.5kg)以上のものは使わなかった。
つまり、筋張った柔らかい筋肉を鍛えるのに必ずしも重いものを持ち上げる必要はないということだ。必要なのは素質のある身体と時間、そして訓練だ。もし自分の身体を変えたければ、ダニエルがやっていた厳しいトレーニングを薦めるよ。実際僕自身のトレーニング方法も変えたんだ。「どの位重く」より、「どの位長時間」持ち上げられたかを基準にしている。そうやって力をつけていくんだ。
スパでシャワーを済ませると昼食だ。今でも時々思い出すね。ダニエルと二人だけで2時間、仕事も環境も全く異なる人間同士がおしゃべりするんだ。まさか一緒に食事するとは思ってなかった。僕のシャツはあまりに汗臭いんでダニエルのコーチから一枚借りた。車の中にあったからね。あのコーチは、走る使者の役で映画にも出てるよ。
2時間の食事でダニエルのことをより良く知ることが出来た。本当に以外だった。つまり、ぼくらはごく普通の、どこにでもいる人間同士として付き合えたんだ。いい感じだったよ。仕事も同じような雰囲気で気持ちよくやれた。
ダニエルは1940年代以降のクラシックなトラックにすごく造詣が深い。それで、マイケル・マン監督が掘り出し物のトラックをプレゼントした。僕の記憶ではたしか‘40年代後半のフォードで色は漆黒、内装は真っ赤。 よく動き、スタイルも抜群さ。運転するのはダニエルで、僕はお連れ様というわけ。
驚いたのは、常に僕につきまとう虚栄心ってものがダニエルには全くないということさ。普通はトレーニングの後、シャンプーして自分の髪をとかすだろ?だけど彼は例のバサッとしたホークアイの髪型のまま。ぞんざいに後ろに束ねているんだが、ジョギングの時も、ジムでトレーニングする時も、シャンプーする時も、トラックに乗ってランチにいく時も、一切髪をとかさないんだ。さわろうともしない。全く無頓着なんだ。
髪型に命を懸けてるような連中はたくさん見てきたけどね。ダニエルにとって髪型なんかどうでもいい事なんだ。皮肉なもんさ。
この僕でさえ、彼の何倍も自分の髪型を気にして生きてきたんだ。それで、これを機会に外見を気にするのを止めた。つまり、精神の自由を獲得したわけだ。この境地に達するのは以外に難しいよ。僕の両親だって外見を気にして生きてきたからね。…つまり、僕は開放されたんだ。
トラックのエアコンを入れ、ウィンドウをきっちり閉める。アッシュヴィルの道路を進むうちに車内は冷えていき、僕はすっかり調子に乗って「存在の耐えられない軽さ」に出演した時の演技的なことについて訊いた。精神的にも肉体的にも、露出の大きい映画だったからね。そして早速後悔した。立ち入った質問だったんじゃないかと。さあトラックを降りろと言われるぞと、神妙に身構えて待ったよ。ところがダニエルはしばらく考えて、そして優しい口調でこう言ったんだ。
「この映画が人々にどう見られ、自分がどんな悲しみを感じるかを知ってたら、出演しなかったと思う」
彼の言う「悲しみ」が何かは解らない。自分が誤解されてるってことを言いたかったんじゃないかな。いい付き合いが始まる予感がしたよ。
誰も信じないだろうけど、乗ってすぐにお互い気楽に話せるようになった。以外にも彼はすごく気さくでね、会話するとわかるよ、正直な人間だ。一緒に過ごした4ヶ月のあいだに友人同士として、お互いの家族や、受けた教育、趣味や興味、歴史観、映画、政治問題など、いろいろ話したよ。全く異なる環境で育ち、社会的にも経済的にも正反対に位置する30代の男同士としてのあらゆる話題が出た。対照的な立場だったにも関わらず、なんと言っていいか…つまりダニエルと僕は親友同士のように付き合えたんだ。二人の間に構えたところはなく、何でも話せる気楽さがあった。
ランチへ行く途中、スポーツ用品店の前で止まった。ダニエルがランニング用のシューズかタイツか…何かを探していたんだ。結局見つからなくて、ほんの数分で車に戻った。他にお客はいなかったし、店員もダニエルを知らないか、全く気にしていない様子だった。どうしてこの話をするかって言うと、車の中でダニエルがこう言ったんだ。
「申し訳ない。ほんの数分でいいんだ、店に寄ってもらえるかな?」
こんな丁寧な言い方をされるなんて本当に驚きだったよ。僕は雇われの立場なんだ、彼がランニング用のど派手な紫のタイツを探したければ、待つのが当然だろ。こんな丁重な言葉の後じゃ、サハラ砂漠だろうが遠い異郷の地であろうが、ダニエルについていく気になってたよ。全く彼は礼儀正しくてビックリさせられるよ。二人っきりでトラックに乗るなんてことも想像してなかったし…。
2〜3ヶ月前にビデオの「マイ・レフト・フット」を見て、その後アカデミー賞で主演男優賞を受賞したところを見た。それが今じゃ、まるで古い友人同士みたいに一緒に行動してるんだからね。街のオフィスに着くと、またダニエルが言うんだ。
「すまないが2階へ行っていいかい?お金をもらうんだ」
もちろんさ。本当にいい奴さ。支払いの部屋へ行って、中の一人と話をしてお金をもらってたよ。僕の位置からは良く見えなかったから金額はわからない。一体どういうことなんだ?高額なギャラの一部を受け取ったのか?それとも食費として別にお手当てでも貰っているのか?でも、さすがにお金のことは聞けなかった。
2階のオフィスから階段を下りると‘コーナー・カフェ’の入り口で、ここでは以前マイケル・マン監督と待ち合わたことがある。僕は西部の出身で、決して敵に背中を見せるなという育ちだ。だから店でも必ず壁に背を向けて座る。でもこの場合は、まずダニエルが座りたい席を選ぶべきだろ?だから後ろからついて行った。
…以外だったね。彼は壁と向かい合せの席を選んだ。大勢の人間に対して背中を見せる位置だ。いぶかしく思ったけど理由は聞かなかったよ。アッシュヴィルは小さな町だ。一瞬のうちに有名人になってしまう。ああやって人目を避けていたのかもしれない。
それとも僕への思いやりだったのか?アイルランドの血を引くダニエルには、座席の位置なんてどうでもいい事だったのかもしれないけどね。
* Barker氏は「一日3.000kcal」と言ってますが、ジェンキンズは当時の
ダニエルのプログラムを一日5食で5.000kcalと記しています。
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